海へ行こうと言い出したのは、どっちだっただろうか。
 
 
自分が提案したような気もするし、黒木からだったかもしれない。
ついさっき、数十分前の話なのによく覚えていない。
つまるところ、どちらが言い出したのかなんて些細なこと、きっとどうでもいいことだった。
 
 
 
潮の届かない、ぎりぎりのふちでふたつの影が揺れる。
この場所がすきなのは、今も昔も変わらない。
 
「こうやってると、自分がすごい小さく思えるせん?」
「うん、海も、空も、すごい大きい」
 
例えばの話。
紙飛行機を飛ばすと自分の手はもう届かないけれど、宙を舞うその紙切れは空に届かない。
自分が空に届くはずも無い。
 
「でも、自分が小さくて嫌になるってわけじゃないけど、
 抗う気分にもなれんし、なんだかなあ、自然って偉大だなーって思うだけ」
「ああ、なるほど。俺もそうかも知れん」
 
隣の男は沈んでゆく夕日に手をかざし、あたしはその手に手を伸ばす。
つなぐわけでもなくただそっと触れてみたその手は、とてもひんやりとしていた。
いつの間にか大きく、長くなっていた手が夕日を目指して離れていった。
 
 
 
初対面のときの印象なんて、もう覚えていない。
小さな頃から隣には黒木がいて、前には海があって、上には空があった。
近いはずなのに何より遠くて、温かいはずなのに何より冷たい。
矛盾とかいう平淡な言葉では片付かない、実際問題。
 
「いつかさ、この、海とか空とか、なくなると思う?」
「なくならないことはないと思う」
「じゃあさあ、いつか、クラスの皆と離れると思う?」
 
何を言ってるんだろう。
 
「それって、明日の話だがん、」
 
明日が来て欲しくないとでも言うのだろうか。卒業式なんかいらないとでも言うのだろうか。
 
「離れちゃうと、思う」
「・・・・・・そうか」
「・・・・・・そうだ」
 
真剣な横顔を見ると泣いてしまいそうだった。
でも、茶化しても今の黒木は笑ってくれなかった。
 
「そうか・・・・・・、だけど東とはずっと一緒にいたい」
「そうだよ・・・・・・、って、え?」
 
 
 
笑うことなく真面目につぶやく黒木は空よりも海よりも小さかった。
だけど、それにしどろもどろすることしか出来ないあたしはそれよりももっと小さかった。
 
自然って、やっぱり偉大すぎる。
 
 
 
 
 
 
(海は大きく空は青くそして小さな少年少女は青かった)


(鳥取県 一ノ瀬 椿/ 090312)