君が愛した世界を僕は
「それ捨てるんでしょ」 「や、これは取っとく」 俺が引っ越すと決まったのは、ほんの2,3日前のこと。着工していたアジトがそろそろ形になっているらしく、そこに移るようにと言われた。すぐ横では、ちょうど日本に帰ってきていた雲雀が荷造りに口出しをしている。「そんなこと言ってたら終わらないよ」。 ごもっとも。ずっと持っていた写真だとか本だとかゲーム機だとか、そんな "思い出の品" がなかなか捨てられない。アジトに移ってしまったらそれらを見ることも使うことも少なくなっていくのだろうとは思うのだが、何しろそういう性分だ。こういうとき、何でもあっさりと捨ててしまえる雲雀の性格がうらやましい。 「大事なものがたくさんあるって、場合によっちゃ困るのな」 「場合によらなくても困るとは思うけど。君と一緒にいるのも疲れるし」 「はは、それ、どういう意味だよ」 「そのままの意味でしかない」 この数年で、雲雀は結構変わったのではないかと思う。すきだと言っても、嫌な顔をしなくなった。俺のことを大切に思っているなんて匂わせる言葉、前は絶対に言わなかった。自分から連絡してくることが増えた。俺の方は雲雀の連絡先を知らされていないけれど。 「これ、ずっと持ってたわけ・・・・・・・・・・」 ダンボールをあさっていた雲雀が見ていたのは、一枚の写真だった。被写体は仏頂面をしている雲雀だった。学ランを着ている。中学生のときのものだ。雲雀は自分の写真を滅多に残さないらしいから、久しぶりに見たそれを実は懐かしんでいるのかも知れない。 この写真を撮ったのは、並中の応接室だった。思い出せばあの日、俺が雲雀をレンズに収め、雲雀は気乗りしなさそうな顔をしながらも俺に向かってシャッターを押した。それからふたりで自分達にレンズを向けた覚えがある。そのときも隣には嫌そうな顔をした雲雀がいた。俺の所持品だった使い捨てカメラを「不要物」と言って雲雀が没収したんだった。で、放課後応接室に返してもらいに行ったとき。多分雲雀は、あのときの写真もあっさり捨ててしまってるんだろう・・・・・・・・・ 過去に浸っていると、はいこれ、と写真を渡された。 はやくしてよ、明日にはここ出るんでしょ、と明らかにいらついている。やっぱりこれ見ても何も思わないんだよなあ、雲雀は。その変わっていない性格は、嬉しくもあり悲しくもある。 受け取ると、一枚だったはずの写真は二枚に増えていた。突きつけられたもう一枚は、雲雀が持っていたものだという。いつのものだか分からないが、珍しい。そしてその写真に目をやった俺は、あっと声を上げた。その写真には、あの時の、応接室で笑っている俺と口をへの字に曲げている雲雀が写っていた。 どちらも捨てられなかったもの |
(君が愛した世界を僕は捨てられない:Arnica)